2010.03.16 : 千葉市議会 平成22年第1回定例会(第8日目) 本文

石井茂隆議員 「土気城問題」関連質問と答弁  

◯36番(石井茂隆君) 自由民主党の石井茂隆でございます。通告に従いまして、一般質問をいたします。
 まず、初めに、米の所得補償制度についてお伺いいたします。
・・・(中略)・・・
 次に、土気城跡の保存についてお伺いします。
 既に御承知の方もおられると思いますが、緑区土気町に8世紀、東北進出の拠点として築かれたとの伝承がある、また、15世紀から16世紀まで上総の国北東部に勢力を振るった土気酒井氏の居城跡として知られる土気城跡 があります。空堀、土塁などの遺構の遺存度は良好であり、城下集落は、ほぼ、そのまま現在に存続しているなど、戦国期の城郭の特徴をよく残す県内屈指の中 世城郭と言われ、国史跡に値すると定評のある文化財です。また、アイデンティティーの源とも言われる空間でもあります。1967年に日本航空が4万 7,190平方メートルを取得し、1971年、本丸、二の丸など城跡中心部分に研修センターを建設、今日に至っております。日本航空は、研修センター建設 候補地として、景勝地であり文化的価値のある土気城跡 に着目し、売却を求めたのであります。地権者、地元住民は、地域にとって重要な城跡であり、一般の民間企業に売却するなど考えられないところでありまし が、当時、国営企業に準ずる日本航空からの強い要望でもあり、できるだけ城の遺構は壊さない、また、民間人には売却しないことで、同社と地元地権者、地元 民との間で協定の上、売却されました。当時、松尾静磨日本航空社長は、自筆の土気城跡の石碑を同地に建立したことは、文化財を手に入れた思いと喜びが大変大きかったと思います。その後、日本航空は完全民営化され、御承知のように会社更生法のもとで再建中であります。
 私が心配しているのは、今後の土地の所有権の問題と文化財の保存についてであります。去る1月31日、土気城を守る会を中心にして、緑区の議員にも呼びかけ見学会を催す予定でおりましたが、2日前の金曜日の夕刻に、日本航空の方より開門できない旨の連絡がありました。突然開催が中止されたことは大変残念でございました。千葉県、千葉市と関係機関に要望してきた地域の人たち、土気城を守る会、研究者、有識者の団体、千葉県郷土資料研究連絡協議会、全国城郭研究者セミナー等々の人々、団体は大変憂慮している状態であります。全国的な学術団体である日本考古学協会も、土気城問題に強い関心を寄せていると伺っております。2008年2月7日、当時の千葉市教育委員会生涯学習部長に面談し土気城の保存を要請した席上、部長本人も、千葉市教育委員会教育長も、現地土気城を 訪問し、ぜひ残したいと考えた。しかし、日本航空側に交渉を持ちかけても、今は待ってほしいと交渉の入り口の段階で拒否されている状況であるということで ありました。以後、進展のないまま今日に至っております。私は、日本航空とは、この携帯にも入っていますけれども、何回も10年ぐらい前から半年に1回ぐ らい、いろいろな頼みごと、開けてくれとか、いろいろあったんですけれども、大変不思議なことだなという返事をもらいました。
 そこで、1問目は、2008年以降どのような経緯があったのか。
 2問目、千葉市は文化財の保存についてどのように考えているのか。
 3問目は、土気城跡の文化的価値をどのように評価しているのか。また、今後どのように考えているのか。
 以上で、私の1回目の質問を終わります。御清聴ありがとうございました。(拍手)



◯教育次長(平賀 周君) 土気城跡の保存についてお答えします。
  初めに、2008年以降の市の取り組みとしましては、昨年4月、文化財等の現状把握の一環として、所管課長及び担当主幹等が現地の状況を視察いたしました。また、日本航空との交渉については、経営改善に向けさまざまな取り組みを行っているなどの理由により、担当部署との連絡が容易に取れない状況でありましたが、本年1月に、日本航空の財産管理を所管する部署と連絡することができ、本市の基本的な考え方について伝えることができました。
 次に、文化財の保存についての考え方ですが、文化財は地域におけるその時代の人々の生活や暮らしぶりから地域の文化や歴史をひもとく上で大変重要なものであるばか りか、その存在について人々が語り合い後世に語り継ぐことで、郷土に対する理解を深めるとともに、かけがえのない郷土に対する愛情をはぐくむ大変重要なも のと考えております。保存に際しては、文化財の所有者や地域の方々、文化財が所在する自治体や国などが相互に理解した上、協力しながら取り組むべきものと 考えております。
 次に、土気城跡の文化的価値についてですが、千葉県中央部の戦国時代の城跡として比較的大規模でありながら、土塁や塀(422ページにて土塁や堀に訂正)などが良好な状態で残っており、歴史的、文化的にも評価されるべきものと考えております。
  最後に、今後についてですが、千葉県の測量調査の結果などから、面積は20ヘクタールを超える広さがあり、全域が私有地で地権者の数も多いことから課題も多く、本市において土地を取得することなども難しい状況であるため、今後も土地所有者に対し、文化財保存への理解を求めてまいりたいと考えております。また、日本航空研修センター跡地については、本年8月ごろに、企業再生機構による会社更生計画が認可される予定と聞いておりますので、認可された計画の内容 を確認し、企業再生機構と今後の対応について協議してまいりたいと考えております。
 以上でございます。



 ◯36番(石井茂隆君) 暖かい答弁ありがとうございました。一方、初めから結論が出ているのではないかという答弁もありました。2問目は、要望と質問をさせていただきます。
・・・(中略)・・・
次に、土気城について。
 土気町は、戦国時代は上総半国を支配した酒井氏の拠点として発展してきました。上総半国というのは、浜野町から茂原、東金の地域ですね。また、昭和44年に千葉市と合併したわけですけれども、もし土気町が千葉市と合併していなかったら、土気城跡 は今日どのような状況になっていたかというふうに考えます。というのは、千葉氏の城跡として国指定史跡となっている元佐倉城、佐倉城ではなくて元佐倉城 は、印旛郡酒々井町と佐倉市にまたがる場所にありますが、小さな町だから城跡という歴史遺産に対する思いが地域住民の心の中に深く根づいていたからです。 大事に残されていたからです。千葉市は95万人もいますので、土気に四、五万人いたって余り理解も少ないかもしれませんけれども、小さな町だと、やっぱり 理解が大分違うんだなという感じがいたします。文化財は地域の歴史や文化を理解する上で欠くことのできないものであります。今、教育次長からお話がありま したけれども、それを大切に思うことで地域への愛着が生まれるものですので、当局においては、その認識のもと、文化財の保存が適切に行われるよう強く要望 するものであります。
 以上で、2問目を終わります。

◯教育次長(平賀 周君) 先ほど、土気城跡の文化的価値について、どのように評価しているかとの御質問に対する答弁の中で、土塁や堀と申すべきところを、私、土塁や塀と申しました。訂正をさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。


 ※千葉市議会会議録より